ところでレイ先生が正月明け早々にイタリアに出張した理由について,僕はずいぶん前から聞かされていた.
覚えているだろうか.2009年4月6日にイタリア中部の町,ラクイラ(L’Aquila)でM6.3の地震が起きた.(地震研のウェブサイトはこちら.)石造りの町の直下で起きた地震に,308名の方が亡くなられた.
この地震は,大変珍しいことに,群発地震を伴っていた.4月6日の半年くらい前から小さな地震が一週間に何度も起きるようになっていて,当然,人々は不安を抱えていた.日本のどこかで群発地震が起きると,アウトリーチ室にも問い合わせが来る.「この地震は大きな地震が来る前兆でしょうか」「大きい地震が来るよりも小さい地震がたくさん起きる方がいいのでしょうか」
こういう質問にレイ先生は,
- 群発地震の最後に大きな地震を起こしたケースもありますし,起こさなかったケースもあります.ですので,残念ながら,前兆現象かどうかはわからない,つまり,起きるかも知れませんし,起きないかもしれません.
- 群発地震があってもなくても,日本では,いつでもどこでも大きな地震が起きて,なんら不思議ではありません.
- 大きな地震が起きても備えていれば命は守れます.地震が気になっている今このタイミングで,どうか備えのアクションを取ってください.懐中電灯は用意してありますか?スリッパは寝室まではいてきていますか?家財の散乱した家の中をはだしで歩くのはとても危険です.水は家族の人数分用意していますか?家具はとめましたか?食器は飛び出しませんか?食器飛び出し防止用品はホームセンターで買えるのでぜひ対策してください.ご自宅は1982年より前に建設されていませんか?現在の耐震基準を満たしていない可能性もあるので,まずは耐震診断を受けるだけ受けてみてください.避難場所はご存知ですか?ご家族全員の職場や学校での避難場所もご存知ですか?家族とはどう連絡を取りますか?171は練習しましたか?(171のサイトはこちら)
と答えている.
イタリアでは地震学者や火山学者それから測地学者などの専門家10名程度で構成されている委員会があり,彼らが地震活動を分析して,日本でいうところの内閣府のような部署に提言するしくみをもっている.(ちょっと僕は詳細までは分からないので多少ニュアンスが違うかもしれないが,多かれ少なかれこんな感じだ.)
この群発地震活動についても委員会が開催され,大きな地震の予兆かどうかはわからないという議論がなされた.ところがどういうわけか,住民には「大きな地震は起きない」という情報が伝わってしまった.そこが『どういうわけ』なのかをレイ先生は調査しに行っている.
いずれにしても安全宣言と受け取った(あるいは受け取ってしかるべき状況だった)現地において,その委員会の6日後にM6.3の地震が起きたのだから,家族や大切な人を失った遺族の気持ちはお察し頂けるだろう.僕は初めてこれを聞いたとき,「ちくしょう!」と思った.地震が起きるのは人間の力では止められないけれど,情報伝達は人間だからこそできることじゃないか.なんでそれが被害につながるんだ.いや,つながったのかどうかは今やわからない.でも,ただでなくても辛い自然災害による被災なのに,この上さらに人間を憎む気持ちまで残された遺族の心境やどうだろう!
そして1年2ヶ月後の2010年6月,遺族らはこの委員会を過失致死罪の可能性があるとして告訴した.その捜査が,ローマとラクイラで現在進められているのだ.
「地震学者が地震から人々や社会を守るためにできることは,地震の研究を進めて,いずれ予知に役立てることだと長く思われてきました.しかしそれは容易なことではありません.それができるようになるのを待つのでは,あまりに多くの犠牲を伴ってしまいます.もうひとつ私たちができること,それは研究者による情報発信の在り方を考え直すことです.これは今すぐにでも始められます.イタリアで起きたことは,日本でも起きかねません.私たちはここから多くを学ばなければいけません.」
イタリアでは,委員会メンバーのいる研究所でのセミナーや遺族との面会をしているらしい.よほど充実しているようで,僕はレイ先生の帰国が(珍しく)楽しみだ.